思春期のとき誰しもが「死」とは、どういうものであろうか考える時がある。
それは、自分と外の世界とのかかわりなどを意識していなかった子ども世代から、社会というものに対峙する大人への入り口に立った時だと思う。
その受け入れがたく、理解しがたい世界は、今まで抱いていたものとは、まったく異なるものと感じる。生きる事の「リアリティ」とは、何であろうか?
「大切なものが何なのかわからないまま私たちは走っている。今日という日を一日一日過ごしていれば、いつか何かが報われるものが来るのであろうか?・・」
地方都市の高校生の彼女たちは、毎日をただ何となく過ごしていた。
つまらない授業中、ノートの切れ端に「明日のない日本の現代社会って意味なくない?ああ、死にたい」というメモ。
言葉遊びのように出てきた問いかけに「まじ、死にますか?」というメッセージをリンネ(谷村美月)は、教科書の知らない偉人に落書きしてウタ(北乃きい)に送る。
リンネ、ウタ、ラン(麻里也)、タマ(永岡真実)の仲の良いクラスメイトたちは、まるでお祭りにでも行くようなノリで、その夜、自殺することを決める。
今夜死ぬことを決めた彼女たちには、それぞれ居た堪れない事情があった。
妊娠、両親の不倫、空虚感・・・家族。
リンネの母親は、不倫していた、それは、父親の浮気が原因による母親のあてつけの行動だった。
リンネは思いだす。お父さん、「お前の成長だけが生きがいだった」といっていたのを覚えている?
両親の浮気の口論を聞いた、リンネは、家を飛び出すが・・・タクシーに撥ねられてしまう。
深夜、はじめに学校に集まってきたウタとランはラジオをかけはしゃぐ。。。ラジオから流れる歌を口ずさむときは、すべてを忘れることができるようであった。
そんな時、ウタは階段で誰かに突き落とされる。駆け寄るランと二人にバスケットボールが投げつけられる。誰かが襲ってきているのだ。
それは、乳牛(上原香代子)とあだ名で呼んでいる彼女たちがいつもいじめているクラスメイトだった。
一方、タクシーの運転手は、穴を掘りリンネを埋めようとするが、埋めた後、彼女が生きていることを知る。「まだ、死ぬわけにはいかない・・・それは死ななければならないから」
突然の雷。屋上に雨が降り注ぐ。雨で冷えた体を温めるために屋上で教科書を焼き焚き火をする。
そこでクイズを出すように円周率、世界史や日本史の年号・・・などを口ずさみ時を過ごしてはしゃぐ。
すべてを捨てようとしたとき、彼女たちは生き返ったように気持ちが変わってきていることに気づくが・・。
しかし「こんな世の中、未練ないでしょう?」というラン。
タクシーの運転手に学校まで送らせ、ふらふらの状態で学校に着いたリンネ。
やっと全員そろい朝焼けを見ながら屋上にたたずむ。
乳牛は、「ほんとに死ぬの?」と聞く。彼女たちは「一緒に死ぬ?」と誘う。
そして、五人は屋上にたたずみ・・・飛び降りようとする、手をつなぎ指先から温かさを感じながら・・・。
「・・・希望という言葉を口にするのも恥ずかしい。でもね、それを信じることもいいんじゃないかと思えた。」
透明感ある映像をナチュラルに仕上げている作品です。美しい山並みに恵まれた山形市を舞台に可憐な少女たちの繊細さを描く。60分の短い青春映画。
「ユビサキから世界を」は、「何かを変えたいなら、まずは自分でできる小さなこと=「指先」からはじめよう」というメッセージをこめたアンダーグラフの曲に共感した行定勲監督がインディペンデントに立ち戻って映画化した作品。



