はなれ瞽女おりん

日本が戦争に入っていく間際の頃まで、瞽女(ごぜ)という盲目の女性旅芸人たちが全国にいたという。瞽女というのは、「盲御前(めくらごぜ)」の略で、盲目の門付(かどづけ)女芸人の事を言う。

この物語は、おりんという瞽女の一生の物語。
この映画を見て、主人公のおりんの人生が幸福だったのか。不幸だったのか。とても考えさせられる映画だった。いや、考えさせられると言うより、心に重く感じる映画だと思う。

六歳の時に身寄りを無くした盲目のおりん(嶺川貴子:少女の頃)は、薬売りの斉藤(浜村純)に拾われる。当時、貧しい生まれの盲目の女性は、遊女か按摩師か瞽女になるしか無い時代だった。
斉藤は、越後の高田組 瞽女の親方 テルヨ(奈良岡朋子)の所へ、おりんを弟子入りさせようと連れて行く。

斉藤は、幼いおりんの手を引き、雪の中、冬の日本海の波がよせる旅路を凍えながら歩き続け、おりんは、テルヨの所に弟子入りすることとなった。
そこではテルヨは「おかんさま」と呼ばれ、おりんも多くの盲目の女の弟子と一緒に暮らすこととなった。

瞽女には、仏様に身を奉げているので男性と関係してはいけない規律があり、それを破ると「おちる」とされ、「はなれ瞽女」といって、一人で暮らしていかなければならない。

修行を終えたおりんは、姉さんたちと一緒に一座の一員として巡業に行くようになった。豪雪の中を足袋も履かずに旅をする。
男と逢引して親方から破門される姉さんたちを見て、おりんは、親方の「おりん。盲目の瞽女が男と交われば、それは地獄を見る事となる」という言葉が耳に響くのであった。

しかし、もともと器量の良い瞽女 おりん(岩下志麻)は、年頃となると誘惑も多く、親方から男たちとの関わりに注意を受けていたが、ある巡業で助太郎(西田敏行)に夜這いを掛けられ男を知る事となる。

その事が公になり、男と関係を持った事が知られてしまったおりんは、「はなれ瞽女」となる。
はなれ瞽女は、誰も守ってくれる人がいなく、一人で世の中を渡り歩いていかなければならない。

旅芸人として一人で生きていくおりん。近寄ってくる手引きの男たちは、皆、おりんの肉体が目あてであり、いい様に扱われてしまう事ばかりだった。

北陸の豪雪の中を一人旅をするおりん。ある村では、壊れた小屋を宿にするが、そこの近くに住む男たちが毎夜来て、おりんを抱いては、小銭か食料を置いていくような時もあった。

旅をするおりんは、ある時、破れ阿弥陀堂で下駄の露天を開く平太郎(原田芳雄)と知り合う。平太郎は、おりんの手引きの男となるが、今までの男たちのように、おりんを抱こうとはしない。

二人の奇妙な旅が始まり、平太郎は、おりんに瞽女を辞めさせ、養うと言い出す。そして「男女の仲になったらすぐに別れが来てしまう。おりんちゃんは、今日から俺の妹だ」と言い聞かせる。

はたから見ると普通の夫婦のように旅をするおりんと平太郎。
平太郎の引く大八車におりんは、腰掛け、日傘を差して唄いながら旅をする。おりんは、今まで味わった事のない平穏な心で過ごすのだが・・・。

・・・と、ここまでにしておきましょう。笑

小物からロケーションまで、こだわりが感じられ、重い内容の題材でありながら岩下志麻のカラッとした明るさが、定めの様な運命に対しても自然の摂理の中で、昇華される強さが感じられます。
日本映画としては、絶対見ておきたい作品です。

この時代に盲目の女として生きることは、とても過酷に写るし、結末は、見る人によって様々だと思うけれど、個人的には、彼女は、人生の中で心から人を愛する事、厳しくも自分を愛してくれた人がいたという事がわかり、幸福だったと思う。

水上勉原作を映画化した作品で、リアリティのあるカメラワークの絵作りが素晴らしい作品です。

また、越後の瞽女には長岡瞽女と高田瞽女の2派が大きくその組織を形成していたが、戦後の高度経済成長を続ける中で、衰退していく。

しかし、そんな中、高田系瞽女の杉本キクエは、村々を頼りに細々と旅を続けていった。彼女は、誰からも信頼される聡明なしっかりした人柄で、たくさんの瞽女唄を記憶している立派な瞽女であり、1970年、国の重要無形文化財に指定される事となった。
現在でも後継がその芸を継承し、後世に伝えるべく活動を行っているそうである。

また、少女時代のおりん役の少女は、コーネリアスこと小山田圭吾と結婚したミュージシャンの嶺川貴子だそうである。

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