最近、ブログでこの作品が三島由紀夫事件をモチーフにしているのではないか?という記事を読んで少し興味がわき見てみました。
押井守監督のアニメーション映画で、テレビアニメ「機動警察パトレイバー 」の映画版。
また、2011年3月11日の東日本大震災が起こり、平和な日常に突然、悲劇的な災害が起こった。(放射能も含め)
何気なく暮らしている日々というのは、こうも簡単に崩れるものということを痛感した。
本作品は、クーデターを題材にしているので、自然災害とは異なる物だと思うけれど、僕たちが暮らして都市生活というものは、自然的、人為的な出来事で一瞬にして崩壊させてしまうことを示唆させてくれる。
モチーフとされている三島事件は、詳しくはWikipediaの記事とか参照してほしいけど、簡単に言うと三島由紀夫が一部の自衛隊上層部と決起によるクーデターを目論む訳であるが、それには、国民の支持が不可欠だった。
しかし、支持が得られないと分かると、あっさり自衛隊上層部は三島を見捨てた。
結果、自決事件として幕を引く。
この「機動警察パトレイバー 2 the Movie」では、柘植が三島にあたる存在ということになる。
物語は2002年のある日、横浜ベイブリッジに自衛隊の戦闘機F-16Jらしき物体から放たれた一発のミサイルによる爆破事件がおこる。
この事件について、特車二課第一小隊隊長 南雲しのぶ(声:榊原良子)と第二小隊隊長の後藤(声:大林隆之介)の元に陸幕調査部別室の荒川(声:竹中直人)と名乗る男より、調査協力の要請が入る。
荒川は、PKF支援でレイバーの活用で実績を残した柘植(声:根津甚八)が今回の事件の首謀者の疑いがあるという。
そして、この調査について自衛隊と警察の現場レベルでの協力をしたいという。
柘植は南雲の恩師で元恋人でもあった。南雲はその事が原因で出世コースから外された。一方、柘植はPKFにおいて発砲許可を得られないまま部隊を壊滅させてしまった後、帰国したのであるが、それ以来、行方不明になっていた。
さらに同じ頃、自衛隊三沢基地から戦闘機3機が飛び立ち、首都圏に向かうという非常事態が発生する。
しかし、これは何者かによるバッジシステムへのハッキングであった。
この事件で過剰に反応してしまった警察は、三沢基地周辺の警備を強化する。
その事で、自衛隊を刺激してしまい、武装篭城状態にまで発展していく・・・。
というような背景になんか色んな動きがありながら、現場からは断片的にしか物事が分からないみたいな感じで進んでいく。
また、警察と自衛隊が対立し、日本国内でクーデターが起ころうとしている異常事態の中でも普通に機能する都市が描かれている。
僕は、東日本大震災の映像をYouTubeで結構見たんだけれど、国道で普通に走っている車が津波に飲み込まれていた。
日常の中に突然やって来るありえない現実。
きっと、ドライバーは、フロントガラスに波が降りかかるまで、ここまで危機が迫っていたことに気が付かなかったと思う。
また、すぐに都市部や他地域では、普通の暮らしが何事も無かったように営まれる。(そうしなければ生きて行けないし、被災地のためにもならない。と言うのはよくわかる。)
おそらく映画のように何らかのテロや事件があったとしても直接関係が無ければ「会社行かなきゃ」とか普通の日常を意識してしまうんだろうか。
世の中が制御不能の事態になってもそう思うのであろうか。
きっと、そのときは危機かどうかということもわからないんだと思う。
映画を見ていて、そんなリアリティの無い現実の空虚さが重なり合って見えたように感じた。
それが、この作品の「都市」の捉え方かもしれないし、そういった基盤の上に成り立つ生活というものが、いかに儚いものであるかを描いているように思う。
それと描写が、かなり巧みである。
大きな出来事の流れの中で個々の色んな物語は存在する。
映画では、意識して絵的にそういう物を見せているように感じた。
ビルの谷間や住宅地を走る戦車。保育園児に手を降られる自衛隊員。老人に記念写真をせがまれて撮る隊員。灯りの少ない定点で警備する戦車にひしひしと雪が積もる。
こういった描写は、現実と言うものは極めて個人的なものである事を強く感じさせる。
きっと都市なんて空虚なもので目の前にある事が、かけがえのない現実なのであろう。
感覚的な言葉で申し訳ないんだけれど、そういったメッセージをこの作品では感じた。




