恋の罪

「冷たい熱帯魚」「愛のむきだし」そして、「ヒミズ」(2012年公開)で出演の染谷将太、二階堂ふみが「ヴェネツィア国際映画祭 マルチェロ・マストロヤンニ賞」を受賞した、園子温監督の作品。

「恋の罪」は、90年代後半に起きた「東電OL殺人事件」にインスパイアされた内容となっている。この事件は、渋谷区円山町にあるアパートで殺されたデリヘル嬢(※1)の身元が東京電力のエリート総合職OLと言うことがわかり、ショッキングでスキャンダラスにマスコミに取り上げられた。

学歴もあり、経済的にも恵まれているのに何故、娼婦として夜の街を彷徨う必要があったのか。誰もが羨むような社会的立場がありながら、「都市の深い暗闇とシンクする心の暗闇」に堕ちていかせたものは何だったのか。

この事件で逮捕されたのは、不法滞在のネパール人であった。下層の外国人労働者を相手にしていた娼婦が一流企業のOL、そして、その女は、昼はエリート、夜は売春婦と言った二つ顔を持ち合わせていた。という、ミステリアスで対照的なコントラストに未だに好奇な関心が寄せられている。

しかし、この作品では、心理的な闇を探るなどと言うものではなく、女性が持っている淫靡でドロドロした堕落への解放を美しく見える程グロテスクに描いている。

映画には三人の女が出てくる。著名な小説家の妻として、慎ましやかな生活を送る菊池いずみ(神楽坂恵) 。
最高峰の大学の国文学部 助教授の尾沢美津子(冨樫真)。そして、事件を捜査する刑事の吉田和子(水野美紀)。

物語は、不倫相手との浴室での激しいセックスの最中に携帯が鳴り、和子は、緊急に呼び出される。渋谷区円山町にあるアパートで殺人事件が発生したのだ。
被害者は、各部位に切り分けられマネキン人形と同化されていると言う猟奇的なものであった。
解剖結果からは、30〜40代の女性であることしかわからず、行方不明者を絞り込むことから捜査が行われる。

対象となる女性は多くおり、デリヘル事務所を一つひとつ当たって行くしか無い…。

いずみは、ベストセラー作家の妻。ピュアで完璧主義の夫は毎朝、7時に仕事場へ出かけ、夜9時に帰って来る。いずみは、帰って来た夫へ紅茶を入れ迎え入れる。そんな繰り返しの毎日であった。

30歳をひかえ、無性に何かをやりたいと思うのであるが、それが一体何なのかわからない。何か生活に変化をつけたいと、いずみはスーパーマーケットでパートをやり始める。
ある日、いつものようにソーセージの試食を勧めているとモデルにならないかとスカウトされる。

軽い気持ちで撮影見学に行くと、様々なセクシー衣装で色んな写真を撮られた。気分が高揚した所で若い男との絡みを強要され、そのままAVの撮影となる。

自分のなかで何かが弾けてしまったいずみは、解放された気分になり、パート先で若い男を誘ってトイレでセックスしてしまったり、派手な服で渋谷の街を歩き、ナンパされるのを楽しむようになる。

そんな時、ナンパされた男にラブホテルに誘われ、そこでセックスの最中に夫に電話させられたりとサディスティックな行為を強要される。

いずみは、ボロボロになりながらも、堕ちて行く甘美な快楽に自分自身が何処にたどり着きたいのか分からなくなり、渋谷の街をフラフラと彷徨う。

そんな時、一人の娼婦 美津子と知り合う。 いずみは、直感的に彼女であれば、自分がどこに向えばわかるような気がして美津子についていく。

「どこか陰があるね。と言われるうちは、まだ後戻りができる。でも、闇に飲み込まれたら帰って来れない」(主旨)と言う美津子の忠告を受けても、 いずみは彼女の後を付け回す。
そして、美津子は、5千円で男に買われ、円山町にあるアパートに行き、外のネオンに照らされながら野獣のようなセックスで男を喜ばせていた。

その行為を廊下からじっと見ていたいずみは、美津子について行きたいと感じる。そして、美津子からメモを渡され、明日そこに来るように言われる。
そこは、日本でトップの大学の講義室で、美津子は、演壇で講義をしている助教授だった…。

「恋の罪」と言うタイトルの意味を考えてみたんだけれど、これは言葉や文書にするのは難しいと思う。
美しく純粋でありたいという心と、汚れて堕ちてしまいたいという毒薬のような心。色々な願望や気持ちをひとつの体の中に人間は持っている。

それは、常に変化するもので、登場する三人の女にも二つの立場や場所、相手を持っている。結果として、選択したものが罪なものであれば、その背徳感を表しているのかもしれない。

また、作中には、カフカの小説「城」と田村隆一の詩「言葉なんか覚えるんじゃなかった」が何度も出てくる。彷徨っても辿り着けない城。覚えたことを後悔してしまう言葉とは。

闇は追い続けても、それに辿り着くことはできず自身を焼き尽くしてしまう。また、虚ろな言葉ではなく、言葉の本当の意味を知るということは、肉体で理解することで、知ってしまうと言う事は、そこから抜け出す事ができなくなっている。と言う意味であろうか。難しい…。(ちなみにどちらも読んだ事ありませんが。笑)

物語のストーリーと実際に起こった事件は、別のものではあるけれど、主人公と被害者の堕ちて行く感覚というのは、共通するもので上手く描かれているように感じた。
ただし、動機は異質なものな様な気がする。想像だけど、美津子の場合は、父親に性的な愛を受け入れてもらえなかった事が動機だけど、実際の東電OL事件の被害者の場合は違うように思う。90年代は、まだ日本企業は、女性の管理職という扱いに慣れていなかった。そんな企業組織が「女性」と言う理由で彼女を登用できなかった事で彼女の挫折感が生まれた。そして、その「女性」を娼婦として売る事で、彼女のなかのバランス(それは性に対する復讐かもしれない)を維持しようとしていたのかも。と考えてしまう。

映画全体としては、女性が持っている醜く嫌な部分を鷲掴みにして、そのまま目の前に突き出されたような感覚を覚える。そんな作品です。

また、三人の女優が体当りでヌードを晒すのも見所ですね。
あと、アンジャッシュの児嶋一哉は、水野美紀の不倫相手の役だけど絡みのシーンは無く、芸人を芸人として扱ってくれて、何か微笑ましかった。

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