スカイ・クロラ The Sky Crawlers

森博嗣の小説「スカイ・クロラ」シリーズ(短編集を含め全6巻)の映画版で、監督は押井守。
小説シリーズの「スカイ・クロラ」と「ナ・バ・テア」のエピソードを中心に描かれるアニメ作品。

現実とは違った文明の発達した世界が舞台で、各国は戦争請負会社に戦争を委託することで、一般市民は戦争に参加することなく平和に暮らす事ができるという設定。
また、戦闘は「キルドレ」という、思春期で成長が止まり、永遠に生き続ける人種が携わることになっている。
原作では新薬の実験で偶然誕生したとされているが、映画の中では「キルドレ」についての解説はない。

ストーリーは、戦争請負会社 ロストック社の基地に一人のパイロット 函南優一 カンナミ・ユーヒチ(声:加瀬亮)が赴任する。
ユーヒチがテスト飛行を終えると整備士の笹倉 ササクラ(声:榊原良子)より、違う戦闘機へ乗り換えるように指示されてると聞かされる。

ユーヒチは、あいさつに司令官 草薙 水素 クサナギ・スイト(声:菊地凛子)の部屋に訪れる。
その時に、戦闘機の前任者から引継ぎが無いことを質問するのであるが、はぐらかされてしまう。

戦闘機が存在するのに前任のパイロットから引継ぎが無いと言うことは、戦闘以外で死んだことになる。
そして、将校としては珍しくクサナギも「キルドレ」であった。

後日、ユーヒチの前任は栗田というパイロットであり、クサナギと関係があり、ピストルで殺されたのではないかという噂を耳にする。
そして、ユーヒチのようにソフトで優しい感じの人物だったらしい。

ここの戦域では、有利な戦闘を進めていたロストック社であったが、ある戦いで同僚のパイロットが追撃される。
ユーヒチは、最後の無線で、「ティーチャだっ!」という同僚の言葉を聞く。

ティーチャとは、敵のラウテルン社のエースパイロットで、旧式のトラクタ機のボンネットに黒豹の顔が描かれ恐れられている存在だ。
さらに、ティーチャは、キルドレではない「大人」の男性パイロットであり、元ロストック社員でクサナギの元上司だという。

そして、ロストック社は、ラウテルン社の戦域に大きく進撃する巨大プロジェクトを進め、クサナギのチームも参加することになる・・・。

「キルドレ」として永遠の命を持つものにとって、戦いで人を殺すことに終止符を打つのは、戦闘で死ぬことしか選択肢が無い。
それが、永遠に続くのであると考えると、ユーヒチの同僚である三ツ矢碧 ミツヤ アオイ(声:栗山千明)のように苦しむか、もしくは運命として受け止めてただ日常を過ごすのか。
そういった日常生活の中に漂う閉塞感が淡々と描かれている。
叙情的で怠惰な時間の流れは、戦争終末、破綻を予感させるナチスドイツを題材にした映画の空気感にも通じる。

また、心理描写を意図してか、アニメでありながら、風景や人の佇みなどに古い日本映画らしい間を取り入れているように思える。
一方、CGについては最新の技術を使用しているようだけれど、2011年現在に見ると、Second LifeやBlue Marsなどのメタバーズで実現されているような描写表現であったりするので、そのあたりの衝撃は薄くなってしまっているのかも。

元々、小説「スカイ・クロラ」シリーズは、謎の多い作品で、その解釈についてもファンの間では様々論じられている。
小説では、「キルドレ」について解明される場面が書かれているようなんだけれど、その時系列が曖昧で、登場人物の妄想というか、空想が描かれているという解釈がされているし、そういったものをバックボーンにしているため、夢のような曖昧さを引きずっているのも本作品の特徴だと思う。

このあたりを複雑にさせているのが「記憶が曖昧」な部分だと思う。ユーヒチにしても、過去に赴任した基地について聞かれても、記憶が曖昧だったりする。
これは、小説の書評で読んだんだけれど、「キルドレ」は、過去の経験などの時間感覚が曖昧で、他人と自分の経験を混同してしまうという設定に基づいているらしい。

映画としての結論は、途中の伏線から感じ取れると思うけど、エンドロールの後まで見ると確信的なものになるので、終わったと思わず最後まで見たほうがいい。

永遠のように続く現実、息が詰まりそうな繰り返し・・・。この映画は、今を生きる若者の世代を比喩したものであるかと思う。
しかし、最後に繰り返す日常に対するチャレンジを描いているが、結末は刹那に哀しい。

また、設定として「もうひとつの世界」が舞台になっているわけなんだけれど、これはSFでよく使われる並行世界(パラレルワールド)である。
ちなみに物理学の世界では、並行世界の理論的な可能性が語られているそうで、そう考えると眠れなくなってしまう。笑

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