いけちゃんとぼく

誰もが子どもの頃、一人称の世界の中だけれど、「誰か」に話しかけながら育って来た。
それは、自分自身への問い掛けとも言えるけど、いつも近くに、誰かがいたような気もする。

9歳のヨシオ(深澤嵐)のそばにいつもいる「いけちゃん」。いけちゃん(声の出演:蒼井優)は、ヨシオにしか見えない。

「いけちゃんは、何なのか?」と言われても、いけちゃんは、いけちゃんなのだ。物心が付いた時から一緒にいるから、それが普通なんだ。

いけちゃんは、ヨシオが少しずつ成長するのを自転車の練習をするように後ろから押してくれる。
早く走る事ができるように一緒に走ってくれる。そんな存在がいけちゃんなのである。

ヨシオは、子どもの世界の中でよくあるように、たけし(上村響)とヤス(村中龍人)にいじめられていた。

仲間のトモ(中村凛太郎)とマツ(白川裕大)たちと何とか革命を起こして、たけしとヤスたちを「ぎゃふん」と言わせたいけど、仲間は尻込みして逃げるばかり。結局、ヨシオは、捕まり殴られる日々。

そんな、ヨシオをいけちゃんは、励ましてくれたり、一緒に遊んで憂さ晴らしに付き合ってくれる。

しかし、いけちゃんは、ヨシオのケンカの手助けはしてくれない。いけちゃんは、ヨシオの人生には関与してはいけないらしい。

ある日、ヨシオは、学校で先生に突然に呼ばれる。それは、「お父さん(萩原聖人)が交通事故にあったので、病院に行くように」と言うことだった。

お父さんは、愛人の家の帰りに、酔っ払って溝にはまり、亡くなってしまった。

海で溺れた時よりも百倍悲しいと言うヨシオに、いけちゃんは言う。
「世界中で早く大人にならなくてはいけない子どもがいる。」それは、早く親を亡くした子どもたちのことだ。

そんな言葉で、いけちゃんは、ヨシオを励まし、いつも一緒にいてくれる。

ヨシオは、いけちゃんは、一体誰なのか聞いてみると、そのうちに分かるとしか言わない・・・。

いけちゃんは、誰なのだろうか?

また、ヨシオといじめっ子たちの関係も変わる事件が起こる・・・。

子どもの社会で生きていくなかで、大人へと成長していく。特に男の子であれば、力と正義。現実と理想。男の社会の入口に来た時、その矛盾に直面して、大人になって行く。

その、置かれた立場からすると、難解な事を、いけちゃんという存在と対話しながら乗り越えて行くストーリー。

映画では、子どもの目線で物語を描きながら、子どもの頃、よくあった現実だな。と思わせるようなリアリティあるプロットが盛りだくさんに込められている。

また、「影と競争する。早く家に着く。」とか、「夏をすぎた男の子は日向のにおいがする。」など、詩的な描写による蒼井優(いけちゃん)の声で気持ちが突き刺されます。

さらに、「暴力では人の心は動かせない」とガンジーに通じるような、哲学的なセリフをヨシオに言わせたり、過去・現在・未来と生命が生まれかわり存在するという、生命哲学のようなものを示唆させる場面もあり、原作のバックボーンの深さを感じさせられる。

原作の絵本や漫画をもとにしているのであるが「いけちゃん」をカラー粘土で作ったようなCGで表現しており、はじめは、実写映像に合わないように思えたけれど、ある意味、ヨシオにしか見えない存在で、ヨシオがイメージする描写と考えると、こうなるのかな。と後から思う。

後半で、いけちゃんは言う。
「いっしょに走っていたと思ったら、君はどんどん先に行く。」

冒頭のシーンで、何となく想像できる部分もあるけど、最後の場面と重ね合わせると、切なくも込み上げる温かいものを感じる。

誰もが感じて来た子どもから大人になる、それぞれの物語。どこか自分自身に重なる部分があるのではないでしょうか。

撮影は、オールロケで、原作者の西原理恵子の故郷でもある高知県で撮影が行われている。

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